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2018/11/09

「Swinging Time Machine」

両目からの中心線をテープで印す
上下の位置はここ数週間、事あるごとに
実物のエンブレムを仮付していたから
だいたいのイメージは出来ていた。
もうちょい下だな。。。

:

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:

良いと思う
このエンブレムはいい、
mm1の抑揚のある顔に負けない存在感がある。
中途半端なステッカーや
汎用?マツダエンブレムは似合わなかった。
正直、ゴミかと思うほど情けなかった(失礼)

このエンブレムは専用品だけに
デザイナーの思い入れが深いということだろう。
mm1の出自と近いものがある。
だからだろうか。。。
親和性は高いと思った。

このエンブレムと共に披露された手書き生原稿がある。
新時代LWSのあるべき姿が描かれていた。

「ときめきの世界」というキーワードから始まって
「Swinging Time Machine」に集約され
「ひびきときらめき」
日本の伝統的な美意識、
「能の小面、静動寂」へと昇華していった。
そして
唯一無二のスタイルとなって具現化されたのが
ユーノスロードスターだ。

:

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:

手元にある開発途上で考案されたというエンブレムは
ユーノスロードスターとは風合いが異なり、
唐突といっていいほど違和感がある
それはコンセプトシナリオの初期
(Swinging Time Machine)の
イメージだから?と推測する。

開発初期のコンセプトカー経緯。
■「IAD(※International Automotive Design
:イギリスの自動車開発委託企業)の
コンセプトカーが出来たのは、
平井さんが主査を受ける前の話。
P928という開発コードで商品開発(当時)の
上流部門がやっていたもので、
上席だった松井さんが担当していた。」


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IADコンセプトカー「V705」


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MGと並ぶと大きさが際立つ 。
開発車P729、P928オープンスポーツから
初期のプロトタイプ V705へ名称は変更された。

■アメリカのMANAの関わり
記事より抜粋
MANA 俣野氏インタビュー
記者
「ミアータが開発された1980年代は、
自動車市場からライトウェイト・スポーツカーが
姿を消しつつありました。
ミアータの開発にあたって、
広島のマツダ本社から反対の声も
あったのではありませんか」

俣野
「もちろんありましたよ。
通常の生産企画にあてはまらない企画だったので、
新技術開発本部という部署から予算が出ていました。
当時、新技術開発本部の本部長を務めていた松井専務も、
量産に懐疑的だったんです。
それでも僕らがあまりに熱心に推すものだから、
ついに彼は「それほど言うんだったら、
プロトタイプを作って実際に街で走らせてみろ」
ということになり、
そんな方法の市場調査など前代未聞でしたが、
僕らはイギリスのIAD社に頼み、
公道を走れるプロトタイプを作りました」

その後、北米で絶賛された
クレイモデルは日本へ渡るが
田中俊治氏は異議を唱え大幅に手直しして
ユーノスロードスターのデザインが
完成されてゆく


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:

■「Swinging Time Machine」
著書「ユーノスロードスター開発物語」の
田中俊治氏による執筆箇所には
こう記されている

「自由を欲する人、自然を愛する人、誰もが
いつでもどこえでも時間を越えて
ときめきの世界に行くことができる道具」
「ワクワクする一瞬を青春の一ページとして
過去に持ったことのある人、
今でも持っている人、
今から持とうとしている人達を
時空をこえて『心躍る世界』に
連れていってくれる機械」
そう願った新時代のLWSへのエンブレム。

勝手な思い込みだが
コンセプトシナリオと共に披露されたエンブレムだから
強ち間違いではないと思っている。


エンブレムは魂を込める作業なんだと
実感しています

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